フォーム営業の教科書 第2部 準備する

第3章 戦略を決める:誰に・何を・なぜ今

アポツム編集部情報は2026年11月時点

「どの会社に送ればよいのか」「何を提案すればよいのか」。フォーム営業を始めると、多くの人がまずここで迷います。迷ったまま送り始めると、業種も規模もばらばらの会社に、同じ文面を送ることになります。返信が来なくても、どこを直せばよいのかが分かりません。

この章では、送る前に決めておく「戦略」を扱います。むずかしい計画書は要りません。目的、狙う顧客像、相手の課題と提供する価値、文面を読む人、最初にお願いすること、今連絡する理由、そして小さく試す計画。この7つを、ワークシートに書き込める形で順に決めていきます。

読み終えるころには、「誰に・何を・なぜ今」送るのかを1枚の紙にまとめ、最初のテストを始められるようになります。

3-1 送る前に「誰に・何を・なぜ今」を決める

フォームから届いた文面は、相手の会社の受信担当者が短い時間で読み、仕分けます(くわしくは第5章で説明します)。そのときに伝わるべきなのは、「この会社は、なぜうちに連絡してきたのか」です。理由が見えない連絡は、どの会社にも同じものを送っている営業だと受け取られがちです。

理由のある連絡にするには、送る前に次の4つの問いに答えておきます。

図1送る前に決める4つの問い
送る前に決める4つの問い:何のために、誰に、何を、なぜ今
図の内容を文字で読む
  • 何のために商談をつくるのか、反応を確かめるのか
  • 誰に提案が最も役に立つ企業の条件
  • 何を相手の課題と、最初にお願いすること
  • なぜ今今その会社に連絡する理由
  • 何のために(目的とゴール):このフォーム営業で何を得たいか。3-2で決めます。
  • 誰に(狙う顧客像と読む人):どんな条件の会社に送り、その中の誰に読んでほしいか。3-3と3-5で決めます。
  • 何を(課題・価値・オファー):相手のどんな課題に、どんな価値を、どんな形で届けるか。3-4と3-6で決めます。
  • なぜ今(提案のきっかけ):その会社に、今連絡する理由は何か。3-7で決めます。

最後の3-8で、決めた内容を少ない数で試す計画を立てます。

戦略がないまま送ると起きること

戦略を決めずに送り始めた会社では、次のような失敗がよく起きます。

  • 成果が出ないので送る数を増やし、迷惑に感じる会社まで増やしてしまう
  • 返信がなくても、狙いが悪いのか文面が悪いのか区別できない
  • 担当者ごとに狙う会社がばらばらで、同じ会社に重複して送ってしまう
  • 「業務効率化」のような、どの会社にも当てはまる言葉しか書けない

この本は、数を送るほどよいという考えをとりません。1社ずつ理由のある提案をするために、まず戦略を決めます。ここで決めた内容は、第4章のリスト作り、第5章の文面、第9章の改善の土台になります。

3-2 目的とゴールを決める

目的を1つに絞る

フォーム営業で得たいものは、会社によって違います。よくある目的は次の3つです。

  • 商談をつくる:新しい会社と話す機会を増やす。この本が主に扱う目的です。
  • 新しい市場の反応を確かめる:新しい業種や新商品に、関心を持つ会社があるかを知る。
  • 関係の入り口をつくる:今すぐの商談でなくても、資料やセミナーで接点を持つ。

目的が混ざると、文面の最後のお願いもぶれます。1回の取り組み(キャンペーン)では、目的を1つに絞りましょう。

ゴールは「商談」と「学び」で書く

ゴールを「1,000社に送る」のような送信数で決めるのは、よくある失敗です。送信数は自社の作業量であって、相手の反応ではありません。この本では、成果をはかる中心の数字をアポ率(商談数 ÷ 受付確認数)とします。指標の定義と計算は第9章で説明します。

ゴールには、次の5つを入れます。

  1. 期間:いつまでに
  2. 対象:どの狙う顧客像に
  3. 成果:商談を何件つくるか
  4. 学び:何を確かめたいか
  5. 見直す基準:どうなったら、狙いやオファーを見直すか

この章の記入例は、説明のために作った架空の例です。

例文ゴールの書き方(記入例)
目的:商談をつくる
期間:12月末まで(6週間)
対象:工場を2か所以上もつ、従業員100〜300人の食品メーカー
成果:商談を3件つくる
学び:「新工場の稼働」をきっかけにした提案に反応があるか
見直す基準:100社に届けて前向きな返信がなければ、狙う顧客像かオファーを見直す

「学び」の欄があると、商談の数が目標に届かなくても、次に何を変えるかを決められます。「見直す基準」を先に書いておくと、成果の出ない送り方を続けてしまうことを防げます。

数字の逆算は第9章で

「商談を3件つくるには、何社に届ければよいか」という逆算は、自社の数字があると正確になります。逆算のしかたは第9章で説明します。最初のうちは無理のない数をゴールにし、3-8の小さなテストで自社の数字を集めることから始めましょう。

よくある失敗

  • 受注をゴールにする:受注までには時間がかかるため、フォーム営業の良し悪しを判断しにくくなります。最初は商談をゴールにします。
  • 期間を決めない:振り返る日が来ないまま、同じやり方で送り続けてしまいます。
  • 目的を欲張る:「商談も、認知も、採用の広報も」と並べると、文面が長くなり、何をお願いしているのか伝わりません。

3-3 狙う顧客像(ICP)を作る

狙う顧客像とペルソナの違い

狙う顧客像(ICP)とは、提案が最も役に立つ企業の条件です。英語の Ideal Customer Profile の頭文字をとった言葉です。似た言葉に「ペルソナ」があります。ペルソナは、その企業の中で提案を受け取り、検討する人の像です。この本では、企業の条件を狙う顧客像と呼び、読む人のことは3-5で扱います。

既存の顧客から作る手順

狙う顧客像は、想像ではなく、すでに買ってくれた会社から作ります。次の順に進めます。

  1. 直近1〜2年に受注した会社を書き出す。少なければ、商談まで進んだ会社も入れ、印をつけて分ける
  2. 1社1行で、下のワークシートの項目を埋める
  3. 「成果が大きかった」「早く決まった」「長く使っている」会社に印をつける
  4. 印のついた会社に共通する組み合わせを探す(業種×規模、業種×きっかけ など)
  5. 共通点を一文にまとめる
  6. 受注しなかった会社や、早く解約した会社の共通点から「狙わない条件」も書く

共通点は1項目ずつではなく、2つ以上の組み合わせで探すのがコツです。「製造業」だけでは広すぎても、「製造業で、新しい工場を立ち上げる」まで重ねると、提案の理由がはっきりします。

狙う顧客像のワークシート

表計算ソフトで、次の項目を列にして1社1行で埋めます。分からない欄は推測で埋めず、空欄のままにします。

項目見ること書き方のヒント
業種何を作り、誰に売っているか「製造業」より「業務用の食品製造」と具体的に
規模従業員数、拠点・店舗の数「30〜100人」のように範囲で書く
地域本社と拠点の場所自社が対応できる範囲と比べる
事業の状況拡大中、新規事業、拠点の再編など公開情報で確かめられる言葉で書く
きっかけ検討を始めた出来事3-7の一覧から選ぶ
困っていたこと相手が商談で使った言葉自社の言葉に言い換えず、そのまま写す
決めた人部署・役職、関わった人数3-5で読む人を決めるときに使う
決まるまでの期間初回の連絡から受注まで長い・短いの傾向を見る
導入後の変化何が良くなったか社内の記録で確かめられる範囲で
合わなかった点失注・解約の理由「狙わない条件」の材料にする

共通点は、次の型で一文にまとめます。

例文狙う顧客像の一文(記入例)
型:〔業種〕で〔規模〕の企業のうち、〔きっかけ〕があり、〔課題〕に取り組む必要がある企業

例:工場を2か所以上もつ、従業員100〜300人の食品・日用品メーカーのうち、
新しい工場やラインの立ち上げを控え、作業の教え方をそろえる必要がある企業

狙わない条件:工場が1か所だけで、作業が少人数の熟練者に限られる企業

当てはまる会社の数を確かめる

狙う顧客像を決めたら、当てはまる会社がどのくらいあるかを見積もります。

総務省「令和6年経済センサス‐基礎調査」の確報集計結果の数字を見てみましょう。2024年6月1日時点の国内の企業等の数は254万9827で、そのうち会社企業は176万4656です。企業等には、会社のほか、会社以外の法人と、雇用者のいる個人経営も含まれます。雇用者のいない個人経営の事業所は、この調査の対象外です。産業別に見ると、製造業は24万2949、卸売業・小売業は49万2141の企業等があります。

図2狙う顧客像で絞り込む
狙う顧客像で絞り込む:国内の企業等、業種で絞る、規模・地域で絞る、きっかけで絞る、送る候補
図の内容を文字で読む
  1. 国内の企業等約255万(2024年 経済センサス)
  2. 業種で絞る提案が役に立つ業種を残す
  3. 規模・地域で絞る従業員数・拠点・対応地域
  4. きっかけで絞る今、提案する理由がある会社
  5. 送る候補NGと「営業お断り」を除いた残り

図のように、業種、規模と地域、きっかけの順に条件を重ねるごとに、送る候補は絞られていきます。業種と地域ごとの企業数は、政府統計の総合窓口(e-Stat)にある経済センサスの統計表で調べられます。当てはまる会社が少なすぎるときは、いちばん重要でない条件を外します。多すぎるときは、きっかけの条件を足して絞ります。

顧客がまだいないとき

新しい商品などで、受注した会社がない場合もあります。そのときは、似た商品を買ってくれている自社の顧客、問い合わせをくれた会社、商談で関心を示した会社から、仮の狙う顧客像を作ります。仮の像を2つ用意し、3-8のテストで比べると、早く自社の答えに近づけます。

よくある失敗

  • 印象に残った1社に引きずられる:大きな受注が1社あると、その特徴で決めてしまいがちです。できるだけ多くの会社を並べて共通点を探します。
  • 条件を重ねすぎる:当てはまる会社がほとんど残らず、テストもできなくなります。
  • 一度決めて見直さない:受注した会社が増えたら、半年に1回など時期を決めてワークシートに足し、狙う顧客像を直します。

3-4 相手の課題の仮説と、提供する価値を言葉にする

課題の仮説を立てる

仮説とは、確かめる前の「たぶんこうだろう」という見立てです。狙う顧客像の会社が、どんなときに、何に困りやすいかを、理由とあわせて一文で書きます。

例文課題の仮説の型と記入例
型:〔狙う顧客像〕は、〔きっかけ〕のときに、〔課題〕が起きやすい。
  なぜなら〔理由〕だから。

例:工場を2か所以上もつ食品メーカーは、新しい工場を立ち上げるときに、
  作業の教え方が工場ごとにばらつきやすい。なぜなら、ベテランが口頭で
  教えている工場が多く、新しい工場に同じ人を置けないから。

仮説の材料は、次の3つから集めます。

  • 既存の顧客の言葉:商談のメモ、導入を決めた理由、ワークシートの「困っていたこと」
  • 公開情報:狙う会社の採用ページ、お知らせ、業界団体の発表
  • 業界の変化:法令や制度の変更など。官公庁の一次情報で確かめたものだけを使う

仮説を文面で決めつけない

仮説は、自社の中で使う見立てです。相手が本当に困っているかは、まだ分かりません。文面に「人手が足りずお困りのことと存じます」と書くと、決めつけになり、相手に失礼です。文面では事実だけを書き、「もし〜をお考えでしたら」と判断を相手にゆだねます。書き方は第5章で説明します。

提供する価値を言葉にする

価値とは、自社の商品の機能ではなく、相手に起きる変化のことです。次の3段で書き分けると、言葉にしやすくなります。

  1. 機能:何ができるか(例:作業を撮影し、動画の手順書にできる)
  2. 効果:その結果、何が変わるか(例:教える人による違いが減る)
  3. 意味:相手の目標にどうつながるか(例:新しい工場を予定どおり立ち上げられる)

文面の中心に置くのは、2の効果と3の意味です。機能は、その根拠として短く添えます。最後に、次の型で価値を一文にします。

例文提供する価値の一文(記入例)
型:〔狙う顧客像〕が、〔きっかけ・場面〕で、〔変化〕できるようにする

例:複数の工場をもつメーカーが、新しい工場の立ち上げのときに、
  ベテランの教え方を動画でそろえ、早く同じ品質で作れるようにする

根拠をそろえておく

価値には根拠が必要です。導入した会社の事例、自社で測った数字、公的な認証などです。根拠のない「業界No.1」や、架空の実績は書きません。事例や数字を使うときは、相手の会社の了解と、測り方の記録を確かめておきます。根拠の書き方と、景品表示法の考え方は第5章で説明します。

よくある失敗

  • どの会社にも当てはまる言葉:「業務効率化」「生産性の向上」だけでは、なぜその会社に送ったのかが伝わりません。
  • 機能を並べる:5つも6つも並べると、どれが相手の役に立つのか分からなくなります。狙う顧客像に合う1つに絞ります。
  • 自社の言葉で書く:社内の略語や製品の分類名は、相手には通じません。顧客が商談で使った言葉を借ります。

3-5 誰が読むかを考える:受信担当者・転送先・決裁者

文面は3人の手を通る

フォームから届いた文面は、多くの場合、次の3人の手を通ります。

  1. 受信担当者:問い合わせの窓口を受け持つ人です。総務、広報、営業事務など、部署は会社によって違います。届いた連絡を短い時間で仕分けます。
  2. 転送先の担当者:提案に関係する部署の人です。受信担当者から回ってきた文面を読み、自分の仕事に関係があるかを判断します。
  3. 決裁者:お金を使うことを決める人です。部長、役員、社長などです。

小さな会社では、この3人が同じ人のこともあります。それぞれが見ている点は違うので、戦略の段階で、3人に何を伝えるかを決めておきます。

読む人見ていること戦略で決めておくこと
受信担当者何の連絡か。どこに回せばよいか。迷惑な連絡ではないか一言で言える提案の要点と、回してほしい部署の名前
転送先の担当者自分の仕事に関係があるか。何が変わるか課題の仮説と、その部署にとっての価値
決裁者費用に見合うか。危なくないか。なぜ今か根拠と、提案のきっかけ

関わる人数は、商材によって変わる

企業がものを買うときに関わる人数は、商材の値段や、相手にとっての重要さによって違います。公開されている調査を2つ紹介しますが、どちらも対象を確かめてから読む必要があります。

  • フォレスター(米国の調査会社):2026年1月21日のプレスリリースです。典型的な購買の判断には、社内の関係者13人と社外の影響者9人が関わるとしています。複雑な購買や戦略的な購買では、さらに増えるとも書いています。リリースには、調査の対象国や回答数は書かれていません。
  • 株式会社IDEATECH:2026年6月に公表した、同社の企画によるインターネット調査です(有効回答330人)。対象は、直近12か月に業務ソフトウェアやITインフラなどの導入・見直しに、2名以上で関わった人です。年間契約額500万円以上の案件に限っています。検討と意思決定に関わった最大の人数は、「4〜6名」が32.3%、「7〜9名」が29.2%でした(この設問の回答者325人)。

フォレスターの数字は、どんな会社を対象にしたのかが、リリースからは分かりません。IDEATECHの調査は金額の大きな案件に限り、しかも「2名以上で関わった人」だけが対象です。1人で決めた例は、最初から含まれていません。どちらも、日本の企業全体の平均として読むことはできません。

少額のサービスや小さな会社では、社長や担当者が1人で決めることもあります。自社の場合は、ワークシートの「決めた人」の欄で、実際に何人が関わったかを確かめてください。

最初に読んでほしい部署を決める

狙う顧客像ごとに、「最初に読んでほしい部署」を1つ決めます。この章の記入例なら製造部です。部署が決まると、受信担当者が回し先に迷わなくなり、文面に書く価値も、その部署の言葉で選べます。

担当者個人の名前をわざわざ調べて書く必要はありません。部署名があれば、受信担当者は回し先を判断できます。個人の情報の扱いは第2章で説明しました。文面での宛先の書き方は第5章で説明します。

よくある失敗

  • 決裁者だけに向けて書く:最初に読むのは受信担当者です。何の連絡かが伝わらなければ、決裁者まで届きません。
  • 回し先が分からない:「ご担当者さま」だけでは、どの部署の話か分かりません。
  • 関わる人の多さを考えない:高額な商材でいきなり契約の話をすると、相手は社内で説明できません。3-6のオファーで、社内で共有しやすい資料や事例を用意します。

3-6 オファーを設計する:相手の負担が小さい「最初の一歩」

オファーとは

オファーとは、文面の最後で相手にお願いする「最初の一歩」の中身です。初めて連絡した相手に、いきなり「導入のご検討を」とお願いしても、相手が応じるのはむずかしいものです。相手が気軽に応じられて、しかも相手の得になる一歩を用意します。

オファーの種類を比べる

よく使われるオファーを、相手の負担と自社の手間で比べます。カッコの中は「相手の負担/自社の手間」です。

  • 資料を送る(小さい/小さい)
    • 向く場面:まず知ってほしいとき
    • 注意点:受け取るために多くの入力を求めない
  • 事例の紹介(小さい/中くらい)
    • 向く場面:同じ業種・規模の実績があるとき
    • 注意点:事例の会社の了解を得たものだけ使う
  • 短い説明(15〜30分)(中くらい/中くらい)
    • 向く場面:課題がはっきりしていそうなとき
    • 注意点:時間を守り、売り込みの場にしない
  • 無料の診断(中くらい/大きい)
    • 向く場面:相手の状況で提案が変わるとき
    • 注意点:診断の結果だけでも役に立つ形にする
  • セミナー・勉強会(中くらい/大きい)
    • 向く場面:業界の変化を伝えたいとき
    • 注意点:開催日と内容を先に決めておく
  • 試用・試供品(大きい/大きい)
    • 向く場面:使えば良さが分かるとき
    • 注意点:期間・費用・終わり方を先に示す
  • お役立ち資料(チェックリストなど)(小さい/中くらい)
    • 向く場面:今すぐではない相手と関係をつくるとき
    • 注意点:宣伝ではなく、中身のあるものにする
図3主なオファーの比べ方
主なオファーの比べ方:資料を送る、事例の紹介、短い説明、無料の診断、セミナー、試用
図の内容を文字で読む
項目相手の負担自社の手間向く場面
資料を送る小さい小さいまず知ってほしい
事例の紹介小さい中くらい同業の実績がある
短い説明中くらい中くらい課題がはっきりしている
無料の診断中くらい大きい状況で提案が変わる
セミナー中くらい大きい業界の変化を伝えたい
試用大きい大きい使えば良さが分かる

一覧と図のとおり、相手の負担が小さいオファーは応じやすい一方、商談までの距離は遠くなりがちです。商談を目的にするなら「短い説明」や「事例の紹介」、関係の入り口をつくるなら「資料」や「お役立ち資料」が候補になります。

判断の材料になるものを、オファーの候補にする

3-5で紹介した株式会社IDEATECHの調査には、判断の材料として助かったものを聞いた設問もあります(複数回答、回答者325人)。「ROI計算シミュレーター・投資対効果の試算ツール」を55.4%、「自社業界・類似規模の成功事例」を46.5%の人が選びました。

年間500万円以上のIT商材を、2名以上で検討した人への調査です。ほかの商材にそのまま当てはまるとは限りません。それでも、費用対効果の試算や、同じ業種・規模の事例は、相手が社内で説明するときの材料になります。用意できるものがあれば、オファーの候補に入れて、自社で試してみてください。

よいオファーの条件

オファーを決めたら、次の6つを確かめます。

  1. 1つに絞っている:資料も、セミナーも、面談もと並べない
  2. 相手の得がはっきりしている:何が分かるのか、何がもらえるのかを一言で言える
  3. 手間を数字で書ける:「15分」「資料1点」のように示せる
  4. 断りやすい:返事をしなくても、相手が気まずくならない
  5. 自社が約束を守れる:すぐに資料を送れる、日程をすぐ出せる
  6. 狙う顧客像ときっかけに合う:たとえば新工場の準備中の会社には、立ち上げの事例が合う

よくある失敗

  • 「無料」ばかりを強調する:何がもらえるのかが分からず、かえって警戒されます。
  • 資料と引きかえに多くの情報を求める:資料を受け取るだけなのに、氏名・電話番号・役職などの入力を必須にする例です。相手の負担が大きくなります。
  • 診断と言いながら売り込む:相手の信頼を失い、苦情につながります。

オファーを文面の最後に書く方法は第5章、予約リンクや資料の準備は第7章で説明します。

3-7 提案のきっかけ(トリガー)を決める

きっかけとは

提案のきっかけとは、今その会社に提案する理由になる出来事です。英語でトリガーとも呼びます。店を開く、拠点を増やす、人を増やすといった出来事があると、相手の社内に新しい仕事が生まれます。そこで、外の力を借りる検討が始まりやすくなります。きっかけがあれば、文面に「なぜ今、御社に連絡したのか」を事実で書けます。

きっかけの一覧と見つけ方

きっかけ相手に生まれやすい仕事どこで見つけるか確かめること
展示会の出展集客、来場者へのお礼と商談づくり展示会の公式サイトの出展者一覧会期、出展の分野
新店舗の開店内装・設備、採用、販促企業のお知らせ、プレスリリース開店日、場所
拠点の増加拠点の間の連絡、設備、人の配置会社概要の拠点一覧、お知らせ開設の時期、拠点の種類
採用の強化面接の日程調整、教育、定着企業の採用ページ募集の職種、掲載の時期
資金調達人を増やす、新しい取り組み企業のプレスリリース発表日、資金の使いみち
新サービスの発表販路、広報、問い合わせへの対応プレスリリース、公式サイト発表日、対象の顧客
本店の移転内装、設備、案内物の作り直しお知らせ、法人番号公表サイトの変更情報移転日、新しい所在地
法人の設立会計、労務、設備の立ち上げ法人番号公表サイトの新規の指定情報設立の時期、事業の内容
補助金・認定・表彰計画した投資や取り組みの実行gBizINFO、各制度の公表ページ時期、制度の中身
計画や決算の発表計画に沿った新しい取り組みEDINET(上場企業など)、IRのページ発表日、力を入れる分野

法人番号公表サイト(国税庁)では、新しく法人番号を指定した情報や、商号・所在地の変更などの情報を、日別にダウンロードできます。gBizINFO(経済産業省)は、補助金や届出・認定・表彰などの政府の情報を法人ごとにまとめています。EDINET(金融庁)では、有価証券報告書などの開示書類を見られます。各情報源の使い方と利用規約は、第4章で説明します。

自社に合うきっかけを選ぶ

きっかけは、次の3つを満たすものから1〜2個選んで始めます。

  • 狙う顧客像のワークシートの「きっかけ」の欄に、多く出てくる
  • そのきっかけで、自社の商品が役に立つ仕事が相手に生まれる
  • 公開情報で、決まった手順で見つけられる

きっかけには鮮度がある

きっかけは、時間がたつと意味が薄れます。開店の準備がすべて終わってから連絡しても、「もう決めました」で終わりがちです。リストには、出来事の日(会期や開店日など)と、見つけた日を残します(列の作り方は第4章)。

例文リストの「きっかけ」の欄(記入例)
新工場の稼働予定(来年4月)/公式サイトのお知らせ/11月5日に確認
製造スタッフの募集を2拠点で開始/採用ページ/11月6日に確認

きっかけを使うときのルール

  • 会社として公開している情報だけを使う。社員個人のSNSなどは使わない
  • 見つけた情報は、相手の公式サイトで事実と日付を確かめる
  • 「お困りでしょう」と推測を事実のように書かない
  • 情報源のサイトの利用規約を守る。ハローワークインターネットサービスのように、掲載情報をサイトの目的と関係のない営業に使うことを禁じているサイトもある(第4章)
  • 同じきっかけで、同じ会社に何度も送らない

3-8 小さく試す計画を立てる

なぜ小さく試すのか

最初から多くの会社に送ると、狙いが外れていたときに、迷惑に感じる会社を一度に増やしてしまいます。まず少ない数で試し、反応を見て直してから広げます。

テストの設計

テストの計画には、次の5つを書きます。

  1. 仮説:何を確かめるか
  2. 比べ方:変えるのは1つだけ(狙う顧客像、きっかけ、オファーのどれか)
  3. 数:それぞれ何社に届けるか
  4. 期間:送る期間と、返信を待つ期間
  5. 判定:何を見て、どう決めるか

数が少ないと、偶然の差と本当の差を見分けにくくなります。たとえば仮にアポ率が2%だとすると、50社に届けて生まれる商談は約1件です(50社 × 2% = 1件)。この数では、2つの案の差は判断できません。小さなテストでは、商談の数だけでなく、前向きな返信の中身、停止の依頼や苦情の有無、1社の準備にかかった時間もあわせて見ます。数の考え方と統計の基礎は第9章で説明します。

図46週間のテストの進め方(例)
6週間のテストの進め方(例):1週目、2週目、3〜4週目、5週目、6週目
図の内容を文字で読む
  1. 1週目
    戦略とリストの準備狙う顧客像とオファー
  2. 2週目
    文面を作り、承認する案ごとに1本ずつ
  3. 3〜4週目
    少しずつ送る1日に送る量を決める
  4. 5週目
    返信を待ち、対応する停止の依頼はすぐ反映
  5. 6週目
    振り返り、次を決める続ける・直す・やめる

図は進め方の一例です。準備に1週、文面に1週、送るのに2週、返信を待つのに1週、振り返りに1週をあてています。返信が届くまでの日数は相手によって違うので、送り終えた日で区切らず、返信を待つ期間を別にとります。

例文テスト計画シート(記入例)
テストの名前:新工場×オファーの比較
仮説:新工場の稼働を控えたメーカーは、同業の事例の紹介に応じやすい
比べるもの:オファー(A:資料を送る/B:同業の事例を15分で紹介)
変えないもの:狙う顧客像、きっかけ、文面の長さ、送る時期
数:AとBに各50社(スコアの近い会社を交互に分ける)
期間:送信2週間+返信待ち1週間
見る数字:受付確認数、返信数、前向きな返信数、商談数、停止の依頼の数
判定:数字と返信の中身から、次の6週間で使う案を1つ決める

振り返りで決める3つのこと

テストが終わったら、「続ける」「直す」「やめる」のどれかを決めます。結果は、狙う顧客像のワークシートに書き戻し、次のテストの仮説にします。

よくある失敗

  • 一度にいくつも変える:狙う会社も文面もオファーも変えると、何が効いたのか分かりません。
  • 途中で結論を出す:送り始めて数日の数字で判断すると、偶然に左右されます。
  • 記録を残さない:送った日時、URL、全文、結果を記録しないと、振り返れません(記録のしかたは第7章)。

やってみよう

1 狙う顧客像のワークシートを埋める

3-3のワークシートで、受注した会社を5〜10社整理してください。共通点を探し、狙う顧客像を一文で書きます。「狙わない条件」も1つ以上書きましょう。

2 戦略を1枚にまとめる

この章で決めたことを、次の形で1枚にまとめます。チームで共有し、文面を書く人と同じものを見られるようにします。

例文戦略シート(記入例)
目的とゴール:12月末までに商談を3件つくる。新工場のきっかけに反応があるか確かめる
狙う顧客像:工場を2か所以上もつ、従業員100〜300人の食品・日用品メーカーのうち、
      新しい工場やラインの立ち上げを控えた企業
狙わない条件:工場が1か所だけの企業
課題の仮説:新しい工場では、作業の教え方が工場ごとにばらつきやすい
価値の一文:ベテランの教え方を動画でそろえ、新しい工場でも早く同じ品質で作れるようにする
最初に読んでほしい部署:製造部
オファー:同業の事例を15分で紹介する
きっかけ:新工場・新ラインの稼働の発表(公式サイトのお知らせ)
テスト:オファー2案を各50社で比べる(6週間)

3 テスト計画シートを書く

3-8の記入例をまねて、最初のテストの計画を書いてください。「変えないもの」の欄を埋めると、比べ方が正しいかを確かめられます。

この章のまとめ

  • 送る前に「何のために・誰に・何を・なぜ今」を決める
  • ゴールは送信数ではなく、商談の数と「学び」で書く。数字の逆算は第9章で行う
  • 狙う顧客像(ICP)は、既存の顧客の共通点を、2つ以上の項目の組み合わせで探して作る
  • 課題の仮説は社内の見立てとして使い、文面では決めつけない。価値は相手に起きる変化で書く
  • 文面は受信担当者・転送先・決裁者の3人が読む。購買に関わる人数は商材によって違うので、自社の記録で確かめる
  • オファーは1つに絞り、相手の負担が小さく、得がはっきりしたものにする
  • 提案のきっかけは公開情報で見つけ、事実と日付を確かめて使う
  • 変えるのは1つだけにして小さく試し、結果を書き戻して直していく

この章の参考資料

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